研究紹介

心理療法の作用機序に迫るー
心理学研究の最前線

心理・社会福祉学部 心理学科
茂本由紀 講師
専門分野:抑うつ的反すう、認知行動療法(Acceptance&Commitment Therapy)

うつへの支援を「なぜ効くか」から問い直す

 うつは、現代社会において身近な精神疾患の一つである。うつは、適応障害やパニック障害など他の精神疾患と併存することも多く、その影響は個人の生活に深く影を落とす。これまでの心理療法の実践および研究では、効果的な一連の心理療法をパッケージとした「パッケージ型の心理療法」の適用とその検証にとどまっている。そのため、心理療法が「なぜ効くのか」というメカニズムの解明には、これまで十分な研究がなされてこなかった。

 この課題に挑むのが、行動分析学と関係フレーム理論を専門とする茂本由紀講師だ。うつの原因の一つとされる「抑うつ的反すう(はんすう)」という思考パターンに注目し、その構造を解き明かす研究を進めている。「何が効いているのかを明らかにしなければ、個人にあわせた治療には結びつかない。その考えから、関係フレーム理論の視点でうつを再検討しています」と、茂本講師は語る。

 関係フレーム理論とは言葉や思考といった刺激を「同じ」「違う」「大きい」「小さい」「因果関係がある」などの“関係”で結びつける心の枠組み。上記の図では、「実物の猫」、「ねこという音声刺激」、「ねこという文字刺激」が「同じ」という関係で結ばれている。この際に、「実物の猫」にひっかかれる経験をすると、音声刺激と文字刺激が呈示されただけで、ひっかかれた体験を思い出す。

刺激と刺激の関係から、うつの思考パターンを可視化する

 茂本講師の研究では、抑うつ的反すう、すなわち「考えても解決しない問題について、ぐるぐると考え続けてしまう思考」を対象としている。人は、目の前の問題を解決するために、問題を取り除くための「考える」行動を行う。この手法は人間が進化する上で、大変有用だったため、ネガティブな思考や感情が喚起された際にも、その思考や感情を取り除くために、「考える」という行動をとる。しかし、思考や感情は考えても取り除くことができないため、「考える」行動が止まらず、抑うつ的反すうへとつながってしまう。

 これまでの研究では、うつの人は、ネガティブな刺激を多数結びつけた思考をしていると仮定されてきた。だが、茂本講師の研究では、うつの人は、実は「ポジティブな刺激」を過剰に結びつけている可能性が高いという、従来とは逆の知見が得られている。

 「もしかしたら、うつを患う多くの人は、『幸せになりたい』『仕事で活躍したい』といったポジティブな願望があり、ネガティブな思考はそれを阻むものとして捉えている可能性がある。そのため、心理療法の焦点を『ネガティブの除去』から『幸福とは本当は何か』に移すことで、より有効な介入が可能になるかもしれません」と茂本講師は話す。こうした仮説を実証するために、独自の漢字迷路課題という測定法を開発し、参加者がどのように刺激を関連づけているかを定量的に把握する指標の構築を進めている。

 さらに現在は、他大学の研究者と連携し、周産期(妊娠期〜出産後)におけるうつへの認知行動療法の応用にも取り組んでいる。なかでも産後うつと抑うつ的反すうの関係性に着目した心理療法を開発し、その効果検証を行っている段階である。

茂本講師が独自に開発した「漢字迷路課題」。
熟語を作成するスピードを測定し、参加者の思考パターンを明らかにする。

支えるための知を、社会に還元する

 茂本講師の研究の根底には、「人を支えたい」という一貫した理念がある。「教育とは、学生を支えること。研究とは、クライアントや臨床現場の心理師を支えること。そして、心理師が人を支えることに貢献すること─。私は、そうした支え合いの循環を大切にしたいと考えています」と本人は語る。

 最終的な目標は、研究知見の社会実装だ。心理療法が医療保険の適用対象となるには、介入の有効性だけでなく、その“理由”を明らかにすることが必要不可欠である。心理学的アプローチにおいて「なぜ効いたのか」を実証することが、国の制度を動かし、より多くの人が必要な支援を受けられる未来につながると、茂本講師は確信している。

PROFILE

立命館大学文学部心理学科卒業。
同志社大学大学院心理学研究科博士前期課程、後期課程修了。博士(心理学)。
京都文教大学臨床心理学部講師の勤務を経て、2022年より現職。
京都大和の家 非常勤心理師、JOHNAN株式会社健康相談室 非常勤心理師も務めている。