研究紹介

マーケティングの主役は「リレーションシップ」へ

  • 2023/11/17

    岸本 義之

マーケティングの主役は「リレーションシップ」へ

最近、ビジネス以外の人たちからも「マーケティング」という言葉を聞くことが多くなりましたが、それネガティブな意味で使われることが多いようです。「いらないものを売りつけるための技法」というような意味です。その背景には、テレビや新聞や雑誌などのマスメディアを使った従来型の広告である「マス・マーケティング」の有効性が低下していることが挙げられます。逆に近年、注目されているのが既存顧客との関係性を重視する「リレーションシップ・マーケティング」です。

今回は、マス・マーケティングが低迷した理由や、リレーションシップ・マーケティングの重要性などについて考えてみましょう。

「興味がある人にだけ広告を見せる」インターネット広告

インターネットが発達して、誰もがGoogleで情報を検索するようになった結果、「情報を得ることは無料」という考え方が浸透しました。しかし、Googleが無料でビジネスをしているわけではありません。このビジネスは広告料で支えられています。

広告料とは、以前から存在していたビジネスモデルで、民放テレビが無料なのも広告料のおかげです。かつて日本一のインターネットポータルサイトだったYahoo!を無料で利用できたのも、ポータルサイト上の「バナー広告」による広告料収入で収益を得ていたからでした。

Googleは検索キーワードに連動した広告を『発明』しました。Googleで検索キーワードを入力すると、その検索結果の横や上に、そのキーワードに連動した広告が表示されますが、これは「欲しいもの」や「興味があるもの」を検索している人にだけ広告を表示できるのです。そのため広告を見た人が広告主のサイトを訪れる確率が高く、売上につながる効果が高ので、広告主は高い広告料を出してでもGoogleに広告を掲示しようとします。

「情報としての価値が低下した」テレビCMの非効率

インターネット広告が隆盛を極める一方で、テレビ、雑誌、新聞といった旧来型のマスメディア広告は威力を失いました。消費者は「欲しくなってから検索する」ようになったので、その前に広告をいくら見ても記憶しようとは思わなくなったのです。しかも、広告の「売り文句」は売り手にとって良いことしか言わないために信用されず、ユーザーによる「コメント」や「レビュー」の方が重視されるようになりました。また、現代の消費者にとっては、ネット動画などの間に挟まる広告は邪魔でしかありません。

旧来型のマスメディアが活躍した高度成長期の1970年代は、企業が広告と販売網を通じて顧客の印象や行動を「操作」できていました。当時の消費者は製品に関する情報や知識があまりなかったので、はじめてエアコンを買おうとするときに、テレビCMを大量に見せれば「きっと良い商品に違いない」と思ってくれた上、「町の電器屋さん」の店頭にはテレビCMで見たブランドの商品が並んでいるので、価格比較もあまりせずに注文していたのです。これは個人が情報のパワーを持っていなかった時代のことです。

その後エアコンを「買い替え」する頃になると、自分に必要な機能と不必要な機能がわかるので、メーカーをまたいだ機能比較や価格比較がしたくなります。そうなるとCMに関係なく複数のメーカーの商品が並ぶ家電量販店の店頭で比較し、何を買うかを決めてしまいます。つまり、個人の情報のパワーが上がったのです。

さらにインターネットの時代になると、ユーザーのレビューやコメントなどもある価格比較サイトが登場します。こうなると家電量販店に行く前に、買うべき商品がほぼ決まります。つまり、個人の情報のパワーがさらに上がったのです。

情報のパワーが高まった個人は、企業に「操作」されることを嫌います。このため、従来型の「押しつけ」的な広告は効果が低下しました。こうした状況は、家電だけではなく食品や化粧品など、多くの製品で起きています。

経済のサービス化が進行中

インターネットとは全く別の流れとして、モノの経済からサービス経済へのシフトという現象が起きています。

モノとサービスの違いを「カレーライスを食べたい」という気持ちを実現する方法を例にとって説明します。

  • 材料とスパイス一式とコメを買ってきて自分で調理する
    →原始的な「モノの経済」
  • 材料とカレールウとコメを買ってきて自分で調理する、またはコンビニで買ったカレーライスをコンビニで温めて食べる
    →便利になった「モノの経済」
  • レストランに行ってカレーを注文して食べる、またはウーバーイーツで注文して食べる
    →「サービス経済」

この中では「客は注文して食べるだけ」なのがサービス経済で、「客が労働の一部を自分で行う」のがモノの経済となります。経済のサービス化が進むのは「個人が忙しくなり、自分で労働しないでお金を払って解決する」ことを意味します。個人の所得水準が低い時代は原始的な「モノの経済」が主体でしたが、所得水準が上がり、労働参加率が上がると、便利さやサービスに高いお金を払ってでも自分の時間を節約したいと考える人が増え、サービス化が進んでいきます。

サービス化とともに、リレーションシップ重視の時代へ

モノと違ってサービスは目に見えません。その無形性ゆえに製品特性が広告ではわかりません。洋服店の広告に良さそうな服が載っていたら「行ってみようか」となりますが、美容院の広告を見て「美容師の腕が良さそうだから行ってみようか」とはなりにくいですよね?

こうした違いは、見ればわかる「探索財」、一度経験しないとわからない「経験財」、事前に経験できないので周囲の評判などで判断する「信用財」という言葉で表せます。サービスの多くは経験財と信用財なので、広告だけで良さはわかりにくく、広告で新規顧客を獲得するのは困難です。

一方、既存顧客にリピートしてもらうのは、良いサービスを提供できていれば難しくありません。「既存顧客維持の経済性」と呼ばれる法則があるのですが、例えば極端なケースで、1カ月で300人の新規顧客が来る美容院Aと、1か月で300人の既存顧客が来る美容院Bがあったとすると、美容院Aは莫大な広告費を出さないと300人も新規顧客は集められませんが、美容院Bは広告費ゼロ。利益に大きな差が出るのは明白です。

このように既存顧客との関係性を重視するマーケティング手法をリレーションシップ・マーケティングと呼びます。対して、モノの経済においてマス広告と呼ばれる大量広告を打つ手法はマス・マーケティングと呼ばれます。しかし今は、リレーションシップ・マーケティングがモノにも使われつつあります。なぜならモノの世界でも、広告で新規顧客を獲得するのが難しくなっていることと、個人が情報のパワーを持つ時代となり、個人との関係性が重視されているからです。

進化し続ける社会だからこそ「学び続ける」ことが大切

ネット時代、サービス経済に移行し、リレーションシップ・マーケティングがより重視される社会で働くことになる学生の皆さんは、ぜひ「卒業後、社会に出ても学び続ける」ことを意識して欲しいと考えます。なぜなら、5年後、10年後にはきっと新しいSNSが登場しているでしょうし、これからも社会は進化し、必要な知識や技術が変化し続けるからです。そんな社会なのに、22歳までに学んだ知識で60歳まで仕事をするわけにはいきません。

ぜひ学生の皆さんは今を全力で学び、卒業して社会に出た後も変わらず学び続けましょう。